津波で大きく破壊された島越地区。三陸鉄道島越駅も12㍍もの強固なコンクリート橋脚や駅舎がことごとく破壊されました。島越地区の住宅は、ほぼ全戸が流出し、27年間、民間の駅管理者として頑張ってきた早野くみ子さんも自宅を消失しました。命からがら逃げ延び、仮設住宅暮らしを経て、本年6月に真新しい駅舎で再度、勤務に就きました。
島越駅のホームは、これ以上頑丈にできないと言われるくらいの堅牢(けんろう)な築堤となりました。宮沢賢治作品から命名されたカルボナード島越駅は、青い屋根、童話の世界のような建物が人気でした。土台を残して全てが消え去りました。宮沢賢治の石碑だけが奇跡的に残りました。海と直角に建っていたから壊されなかったようです。
新しい駅舎は、そのイメージを残し、れんが造りの立派ですてきな駅舎として生まれ変わりました。地域の住民で運営する駅業務の責任者に、再び早野さんが就任しました。早野さんは、三鉄の開業時からずっと駅業務をしており、三鉄1期生の社歴と全く同じです。震災の空白の3年を含め、30年目に再就任となりました。島越駅は、開放感にあふれ、清潔で快適な駅舎です。
三陸鉄道の人気で、毎日多くの観光客がこの駅を訪れます。そのつど一生懸命にお客さまと会話を交わし、いろいろな案内をしています。「まさかもう一度、この駅に立てるなんて、夢のようです」と大津波を振り返り涙ぐみます。
島越駅の目の前にある港から、大型の新造船が就航しました。大人気のサッパ船アドベンチャーに乗れないようなお年寄りや小さいお子さまには、大型で快適な船旅(80人乗り)が人気になりそうです。島越地区の復旧整備はまだまだ時間がかかりそうですが、ピー、という汽笛の音とともに車両がホームに滑り込んできます。震災前の風景です。早野さんあっての島越駅です。いつまでもお元気で、三陸鉄道とともに頑張ってください。
2014.8.22 盛岡タイムス掲載