「三鉄ぽっぽ屋」カテゴリーアーカイブ

三陸鉄道・熱き男たち シリーズ ⑥成ヶ澤 亨

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生え抜き社員の一人。宮古市生まれ。入社直後はしゃしょうも経験したが、旅客サービス、ツーリスト部門を長く経験してきた「旅のスペシャリスト」

三鉄ツーリスト部門を支えてきた。地元に数多くの人脈があり情報も集まって来る。地域に根差した三鉄経営を常に心がけている。震災後は長年の愛煙家生活にピリオドを打ち、完全禁煙に成功。今でも喫煙の夢を見るのが課題。近畿日本ツーリストなど大手エージェントにも人脈があり、被災地を回る専門的なツアー「三鉄フロントライン研修」の現場責任者も務める。自ら県外の団体を案内しガイドも行う。しっかりした情報に裏付けされた案内は高い評価がある。東日本大震災で疲弊した郷里に、再び多くの観光客を呼び込むことが使命と、日夜企画書作りに精を出す。愛妻との二人暮らしで、家は三鉄本社から2分の至近距離。職住接近で「出来る限り多くの時間を三鉄へ」を方針に、復旧へ向けてまい進する日々。

三陸鉄道を支える熱き男たちシリーズ⑤代表取締役社長 望月 正彦

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昭和27年生まれ。県庁では自然保護課、久慈市助役、知事秘書、盛岡振興局長など経て、平成22年6月に三陸鉄道・社長として着任した。着任の翌年に東日本大震災に会い、的確な判断力の元、三鉄復旧へ全身全霊を傾け、いまや岩手沿岸を代表するシンボル社長となっている。社員の信望は厚く、この社長あってこその三鉄になっている。

震災直後、人の通らない山道を縦横無尽に走り、三鉄の被害状況を即座に確認し、次の手を打ったのは有名な話。これは、社長の山菜、きのこ採りの賜物という声も多い。

春になると、そわそわし始める。運転中も道路の横に「あ、こごみ、それワサビ」と動物的反射眼で獲物を見つける如き目をキラキラさせる。コシアブラを大量に採り、社員に振舞う光景もいまや当たり前に行事化している。

また、大の釣り好きで、仕事中、海が平穏ならため息ばかり。釣りの前日は興奮で寝られないという。愛竿に電動リールをつけて、カレイやアイナメ、ソイを釣りまくる。料理の腕も自慢で、時折社内で料理講習会となる。公私のけじめをしっかりつけ、時には鬼のように厳しく、時には仏のように優しく、何よりも社員と地域を心より大事にするリーダーである。

三陸鉄道の熱き男たちシリーズ④坂下政行 取締役事業本部長

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昭和24年生まれ64歳、盛岡市生まれ

三鉄の大黒柱である。岩手県産会社から惜しまれて三鉄へ移籍したのは2010年2月。それから僅か1年で東日本大震災に遭遇した。それからは持ち前の馬力を発揮、望月社長を支えてきた。県や国との交渉事でも「一歩も引かない姿勢」は語り草となっている。

社員には強面の顔と柔軟な顔の両面を見せる。宮古単身赴任は料理が出来ず日々辛い思いも。時折機嫌が良くなる日もあり、その日は「愛妻」が来る日と社員にはバレバレである。愛妻が大事か、料理と洗濯が大事か、常に話題に上る。

若いころは麻雀、摂待にあけくれた、と豪快に笑う。県産会社時代の人脈から、流通関係者にも通じ、三鉄の物産部門を取り仕切っている。酒豪である。しかし、しっかりと家に帰る帰巣本能はすごい。

シリーズ③三鉄の熱き男たち

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吉田 哲、51歳。三陸鉄道南リアス線を管轄する南運行部の部長。震災後、全線不通となっていた南リアス線の復旧に全身全霊取り組んできた勇者だ。優しい顔立ちながら芯は強く、粘り強い性格が交渉条件を引き出す。沿線住民とのコミュニケーションも積極的に行い、吉田ファンが多い。特に年配の女性層にファンが多い。大船渡の屋台村でも大人気だ。

4月3日に念願の南リアス線の半分が開通する。2年間運行出来なかった辛さを人一倍胸に秘め、明るく前向きに振舞っている。今春部長に昇格。将来の有望な大幹部候補だ。故郷の陸前高田市小友町は津波で大打撃を受けた。友人知人にも多数犠牲者が出て苦しい二年を過ごしたが、「前向き」を合言葉に頑張っている。

三陸鉄道・熱き男たち シリーズ ② 菊池 吉則

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三鉄の中枢を担う総務部長。彼は根っからの施設マンで電気系のプロだったが、豊かな発想力と行動力が持ち味で、南リアス線運行本部長に抜擢。約2年間を釜石と大船渡で過ごし、現在の総務部長へと異動した。南リアス線の恋し浜駅の改名、若者支援など、積極的に沿線住民と交流し、厚い信頼を得てきた。誰でも会えばすぐに頭を下げて名刺を差し出す。

震災直後から望月社長をサポートし、すべての記録を手書きで残してきた「菊池ノート」は三陸鉄道の貴重な資料となった。後の復興計画への大事な資料となり、メディアも多数その存在を取り上げた。几帳面さと確認は鉄道マンとしての基本と控え目に話す。反面大胆な面も持ち合わせ、即実行の行動力は素晴らしい。

三陸鉄道には背の高い社員が多い。菊池部長も183cmと長身。

実家は釜石で、震災で全てを失い、年老いた母親が仮設住宅暮らしを強いられている。仕事の関係で久慈市に家があり、仕事場は宮古、実家は釜石と毎週その間を通い続けている。開業当時からの生え抜き。望月社長を尊敬し、社員の生活、悩みまで幅広く相談にのる良き兄貴。会社のモチベーション維持に全力で取り組んでいる。