カテゴリー別アーカイブ: 会長の三鉄日記

謹賀新年 2021


謹賀新年 2021
あけましておめでとうございます。コロナ明け、本当の明けを目指して頑張りましょう

会員の皆様、三鉄応援者の皆様、あけましておめでとうございます。自粛正月、大寒波、コロナ感染者増大と、次々と負のニュースが続いています。三陸鉄道は、年末年始、悪戦苦闘でした。とは言っても、年末年始に限らず、昨年の10月台風19号以来、ようやく再開通したとたんにコロナ。ほぼ一年、収入大幅減少の経営渦中にあります。三鉄社員は、もがきながらも必死に再生にトライし、決してあきらめることはありません。三陸鉄道が消滅すれば、三陸沿岸の産業はまちがいなく衰退します。三陸と三鉄は表裏一体、一心同体の関係なのです。
皆様も想像を絶するご苦労の連続と思います。われわれ応援する側の会員様たちの中には飲食店もあります。まさに死活の狭間で戦っています。2021年は、オリパラ東京も予定されています。少しでも前向きな話題を追いかけ、そして我々が応援する三陸鉄道の復活を応援していきましょう。皆様にとりましても苦境のさなかであることを重々承知の上のメッセージです。皆様にとりましてもご多幸でありますことを願っております。
まもなく、東日本大震災から10年の節目を迎えます。10年の歩みを無駄にすることなく「次の10年」に向けて動き出すことが重要です。次の10年の防災は?次の10年の活力は? 人口減少にどう立ち向かうか?課題は山ほどあります。皆様と一緒に、「次の10年」をテーマとし、三陸鉄道を勝手に応援してまいります。

会長の三鉄日記 2020年2月

台風19号被害から復活中。有名になった陸中船越駅付近の路盤流出現場を確認してきました。(写真)軟弱な路盤を補強し、ある程度の雨量にも耐えられる工事のようです。3月20日に、陸中山田駅から釜石駅まで開通することで、ようやく163キロの全線が元に戻ります。10月から半年、長い不通でした。沿線の住民や飲食店、ホテルなどもキャンセルが相次ぎ大きなダメージとなっています。三鉄の存在の大きさが改めて示されています。とはいえ、収入が大きく落ち込んでいる三鉄は、復旧費用を国や県、市町村が負担してくれるにせよ、厳しい経営環境のままです。日々の現金収入が命綱の三鉄ですので、開通は住民、三鉄、双方にとって悲願なのです。ぜひ皆様、当会が推奨する「クロジカせんべい」を買って応援しましょう。

会長の三鉄日記


会員の皆様
寒中お見舞い申し上げます。とはいえ、暖冬ですね。国道106号線、盛岡から宮古へ向かう道は、例年なら区界峠は零下10度が当たり前で、事故も毎日のように起こっていましたが、今年は道路に積雪もアイスバーンもなく、驚くほど快適です。当然雪不足、温暖な冬で迷惑をこうむっている人、モノはたくさんあります。まず、春の山菜が不足する、海に栄養が行かなくなり、魚介類がやせてくる、スキー場は当然としても、日本酒の仕込みにも影響が・・などなど枚挙にきりがありません。そんな中、われらが応援する三陸鉄道は、1月16日にようやく津軽石駅と陸中山田駅までが部分復旧しました。これで、田老から陸中山田までがつながりました。写真は津軽石駅から試験走行するモーターカーです。このあと2月1日に、田野畑駅と普代駅間がつながります。そしてようやく3月20日に、一貫鉄道163キロが元通りになり全線復活です。昨年の全線開通の3月23日からちょうど一年、奇遇です。3月20日には、再再開通式典が釜石市で行われます。出発式は陸中山田駅で釜石駅に向かいます。山あり谷あり、どん底も経験している三鉄ですが、社員の奮闘は見事です。まさにワンチーム。温暖化により、数十年に一度の異常気象などは、毎年起こっても不思議ではない、と言われていますが、もうお許しくださいと願っているのは三鉄ばかりではありません。何度でも立ち上がる三鉄ですが、なんとか平穏な都市となることを願うばかりです。皆様、ぜひ三陸鉄道に乗車し、震災から9年、変わりゆく三陸の姿を見に来てください。本年も三陸鉄のご支援をよろしくお願いいたします。


山田駅 1月16日の開通式

三陸鉄道を勝手に応援する会プロデュース

三鉄黒字化プロジェクト「駅を有名にするプロジェクト」津軽石駅にモニュメント寄贈
8月31日、三陸鉄道新路線、旧山田線の「津軽石駅」に巨大な『鮭のモニュメント』を寄贈し、セレモニーを行いました。製作は当会会員の植野義水さん。ケヤキの大木で、2011年3月11日の大津波で久慈の浜に打ち上げられたものです。海から来た巨木、植野さんはとっさに海に帰りまた川に戻る南部鮭を想像し、3年の月日をかけて製作しました。無垢の巨木は総重量1.1トン。三鉄の施設作業員の方々10名が取り付けてくれました。31日には、津軽石鮭繁殖保護組合や地域の住民多数が参加し、盛大に設置式をおこないました。津軽石駅は、近くに津軽石川があり、昭和時代には鮭遡上の河川で全国一の漁獲量を誇り、地域住民は「鮭のまち」として長らく鮭を大事にしてきたところです。寄贈に当たっては、会員有志、岩手県庁有志、三鉄有志などからの寄付で運搬や設置を行いました。ご協力に感謝申し上げます。募金者銘板は、この鮭のモニュメント横に設置してありますので、寄付された方はぜひご確認に津軽石を訪ねてください。無人駅ですが、地域住民の方たちが、鮭のぬいぐるみを多数取り付け、また巨大な鮭のはく製などを展示しています。三鉄の列車からも見えますので、車内からも見学できます。

会長の三鉄日記 「こころ温まる金沢泉丘高校の学校新聞」

5月か6月ごろ、金沢市の高校生が「学校新聞」の取材ということで三鉄を訪れました。失礼ながら、学校新聞の響きから、学生さんたちの勉強の一つなんだろうと思っていました。真剣な取材、質問に少々驚きました。
それから2か月後、当会の事務局本部に郵便物が届きました。金沢泉丘高校新聞部からです。開封して新聞を見て驚きました。タブロイド判12Pの立派な新聞で、カラーページも含まれた本格的なものです。編集内容を紹介しますと、
特集「平成から令和へ 影響少なく泉丘生に定着」 フロントページ全面
「奨学金は自分への投資」「奨学金貸与型滞納率3.7%」「軽んじるな、地方自治の縮図」「鉄道は人と人をつなぐ」「金沢は鉄路により衰退した」「観光地として栄える街 金沢」
「才能を伸ばす才能を身につけよ」「恋愛は人間性を伸ばす」「スポーツ 生徒の活躍」など、実にしっかりした取材に裏付けられた本格的な新聞です。「学校新聞」という浅はかな知識から見ていた私は大いに反省です。
特集記事、見開き2pに及ぶカラー面に「鉄道は人と人をつなぐ」と題し、中村社長の単独インタビュー記事、そして「三陸全体を盛り上げる」という題で、当会の活動を詳しく、的確に記事にしていただきました。本当に高校生が?、そういえば取材が終わって地元に戻られたあとも、何度か「確認」の電話がありました。取材記者の鉄則通りの行動です。本来なら、皆様に全文をご紹介したいところですが、ホームページの関係上、雰囲気だけのお伝えになります。ご容赦ください。
最後に、金沢泉丘高校 新聞部顧問谷口先生、記者(生徒) 小幡さん、ありがとうございました。