三鉄ぽっぽや「熱き男たちシリーズ」 不器用ですから編

二橋

二橋 守 50歳

 岩手県の北部に山形村がある。現在は久慈市と合併し山形町となったが、山奥ののどかな山村で二橋は育った。遊び相手は、熊やカモシカ、川のカジカたちだ。春になると、周囲はどこでも山菜が採れ、秋になるとキノコで溢れる。冬が一番厳しく辛い。それを乗り越えて立派に育ってきた。

「まもる~」と大声で先生が追いかけてくる。守は必死に逃げる。授業中に教室を抜けだし山野を駆け回るワンパク少年だった。当然勉強はしない。

やがて二戸の高校へ進学し、東京の専門学校へと進む。まるで宇宙旅行へでも行ったような、山形村とは別世界の都会に驚き、バイトをしながら数年過ごした。しかし、何かが違う。春になっても山菜は出てこない。隅田川にはカジカがいない。人間が住むところではない大都会、そのくせ熊や鹿がいない。田舎に戻り三鉄へ入社した。人生が変わった瞬間である。人懐っこい顔で車掌を務めてきた。三鉄通学の高校生には大人気だった。不器用な三鉄社員の中では、稀に見る社交的性格の持ち主だ。そのため「教育旅行」を扱うツーリスト部門に配属になり、すぐに頭角を現してきた。貧乏会社の三鉄の出張規定は厳しい。そんな中でも、盛んに北海道や関東へ出張し、大いに羽を伸ばしながら仕事もしてきた。そんなに気軽に出張に行けるなんて、と社員からは「二橋マジック」と呼ばれ、不思議現象の一つにもなっていた。そうした手腕を認められ、2009年より、久慈市ふるさと体験学習協会へ出向となり、役人気分を2年味わってきた。久慈市は、岩手の中ではいち早く教育旅行や体験旅行に取り組んできたところである。二橋を迎え、教育旅行の来訪者が一気に増えた。そんな中、3・11となった。望月社長は、三鉄の観光部門を強化するため、久慈市から「二橋を取り戻す」と市に交渉し、契約任期前に三鉄へ戻した。戻った二橋は早速「震災学習列車」を立ち上げ、これが見事に大ヒット商品となった。丸く細い目、不器用っぽく聞こえる話口調。列車の中の学生たちは、二橋の迫真に迫る説明に涙を流す。二橋にしかできないガイドなのである。二橋の「震災学習列車」の企画は、2013年4月、部分開通した南リアス線でも取り入れた。すぐにヒットした。

不器用そうに見える二橋の特技は「ゴルフ」である。しかし、好きなゴルフだけは本当に不器用で上達しない。

もう一つ二橋の自慢がある。「あまちゃん」のロケ中、本部の二階から撮影風景を覗きこみ、真下にいたKYKYの胸の谷間を見たと。それが自慢らしい。キョンキョンファンの敵となった。天野アキだったなら、当然磔の刑である。