三鉄ぽっぽ屋「花形運転士シリーズ」 真打登場 隠れたスター運転士 下村 道博 41歳

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足が長い。背が高い。運動選手として活躍(市内駅伝大会・中学、高校で区間賞・卓球、バトミントン、陸上、テニス)。心が優しい。笑顔がいい。三鉄南リアス線最年少。こう並べると非の打ちどころがない。しかし欠点もある。控えめ過ぎる。そのため数々の取材攻勢の中にあっても、目立たない存在だった。吉田や菊池、佐々木光一などがテレビ新聞に出まくっていても、その姿をカメラの前にあらわさない。幻の運転士と言われる。まるでイワナのようだ。もう一つの欠点は、足が速いがのんびり屋である。決して急がない。急ぐ時も「悠々として急げ」、まるで作家の開高健のようなのだ。実は地元ではこの笑顔にファンが多い。上は90のおばあさんから下は幼稚園児と幅が広い。特に女子高校生に大人気で、先輩運転士、特にKからひがまれている。もう一つの欠点は「欲がない」。すぐに満足してしまう。今の幸せな職場で、家に帰れば好きなサッカーを見る。それ以上望まない。

最大の欠点は既婚者であること。三鉄独身帰属集団に入会できないことだ。

 下村は、平成6年に三鉄に入社した。バブルが弾け、就職氷河期の真っただ中にいた。友人たちも一向に就職が決まらず焦っていたが、下村は「何とかなるさ」と悠々としていた。先生から「三鉄があるぞ」と言われ、即刻決断。6月22日に入社した。下村は思い出した。昭和59年4月1日。超満員の三陸鉄道の開通の日に乗車したことを。沿道にも駅のホームにも、お祝いの旗を振る人で溢れていた。小さい時ながら鮮明に記憶していた。

車掌さんは背が高かった。光り輝いてまぶしかった。今は上司になって髪の毛が薄くなっているが。その格好いい三鉄へ入社できると、空を飛んでいるような昂揚感で一杯だった。

 東日本大震災でこの昂揚感が途切れた。が2年後部分再開。3年後全線再開と再び昂揚感を味わう。まるで30年前に三鉄が開業した時と同じく、沿道、駅、ホームに人が溢れた。こんな幸せなことを2度3度と味わえたことに心から感謝している。大きな声であいさつし、笑顔で毎日お客様を迎えたい。多くの人たちに支えられて復活した三鉄。今度は自分たちが三陸を元気にしたい。下村は今日も目立たず控えめに働いている。